2012年1月28日 (土)
2012年1月23日 (月)
2012年1月21日 (土)
積水ハウスCM
積水ハウスのCM 中年男性が飛行機から外を眺めるシーン。
ちょっと意味合いが違いすぎるけど、
『ノルウェーの森』の冒頭シーンが瞬時に浮かんでしまった。
あのビジネスマン、ノルウェーの森のビジネスマンじゃなかろうか。
しかし、昔からある積水ハウスのあの歌いい。
別に積水ハウス関係者ではないけれど、
癒される歌だ。
2012年1月20日 (金)
NHKブラタモ国分寺ちょっと期待はずれ。マニアックな場所は放送されなかった。
NHKブラタモ国分寺、ちょっと期待はずれ。
マニアックな場所は放送されなかった。
出没!アド街ック天国的な内容を期待してしまったからかな。
小学生のころ国分寺跡に行ってよく土器や瓦を発掘した記憶がある。
本当に壁や土器みたいな模様のあるかけらが普通にころがっていたから。
保管しておけばよかった。もったいない。
文化財だったのか。
関係ないが、昔家の前は舗装されておらず砂利道で、
三輪車をさかさまにおいて、
車輪ホイールの中に石ころを入れて、ペダルをぐるぐる回して、
「石焼きイモ屋さんごっこ」をしていた記憶がある。
なんでそれが石焼イモなのかよくわからないが、
おそらく、ホイールの中で石がごろごろ回っているから、
石焼きイモなのかな、と思う。
1969年ごろの記憶である。
2012年1月16日 (月)
三鷹市産業プラザ 変人男爵 隣に座っていたご婦人のガサガサ雑音がうるさく

そんな変人男爵も、その日は津村女史の聞き役、すっかり大人しくしていた。
最初は無口だった津村女史も、夫吉村昭との闘病生活の話になると止まらない。定刻16時をすっかりオーバーしてしまった。
闘病生活に関しては大変気の毒な内容ではあったが、
すっかり話が止まらないお年寄りの長話になってしまっていた。
しかし度量の広いひげ男爵は、優しい相槌で応対していたのである。
女性市職員のまきがコソっと入ったが、ひげ男爵は、津村女史の話を制止せず、
やさしく受け止めていた様子には私もじゃっかん感動した。
そう、津村女史の話ではなく、松田氏の包容力の深さに感動した。
16時を過ぎてからは、徐々に話の長さに飽き飽きしてきた人が次から次へと退場。
わたしも話の長さに、じゃっかん飽き飽きしていたが、それはいかん。
人が一生懸命に話しをしているのに、途中で席を立つなんて失礼だ。
と松田氏の寛容な態度を見て、自らを戒めたのである。
しっかし、高齢の女史の声はかなりか細く、また、隣に座っていたご婦人のガサガサ雑音がうるさくて、会場後ろの方では、大変声が聞きづらかったのが残念であった。
隣のご婦人、スーパー袋をガサガサ、カバンのチャックを開けて、携帯をチラチラ、ダウンジャケットのポケットをまさぐり、なにやら探し物、などなど、静かな会場内でやたらうるさかった。
それでは私は、壇上のお二方を注視していたが、私のさらに隣の女性は、私を通り越し、そのご婦人を不機嫌な目つきで睨みつけていたのはちょっと怖かった。
2012年1月15日 (日)
2012年1月 9日 (月)
2011年12月29日 (木)
中井駅
急行は止まらない。新宿区の極西に位置する。
急行は止まらないから今まで降りたことがない。
西武新宿線の急行の止まらない駅は味がある。

都立家政には昔、早大生村上春樹が住んでいた。
野方は中野第二のサブカルチャーの町として人気がある。
新井薬師、中井、下落合、いずれも商店街が立ち並ぶ庶民的な町だ。
林芙美子だけでなく、昔文士尾崎一雄や檀一雄も住んでいたことがある。
佐伯祐三のアトリエもあった。
太宰も檀一雄のアパートや、戦後林芙美子の家に、弟子の堤重久と訪れている様子は、
堤重久の著書等に詳しく書いてある。
尾崎一雄の「なめくじ横丁」を読むとまた当時の交友のことが詳しく書いてあり、
ユーモラスで微笑ましい。
中央線でいう西荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺、東中野などに雰囲気が似ている。
しかし、中央線ほど人でゴミゴミしていないし、
京王や小田急沿線のように、シャレてもいない。
西武新宿線駅前の寂れてちょっとダサい商店街が、私は大好きだ。
2011年12月28日 (水)
林芙美子 記念館 新宿区中井

中井駅は毎日通勤で通過。ようやく立ち寄ることができた。
新宿区中井。閑静な高級住宅地。
古くて静かで落ち着いた趣。高台のかなり広い土地に林芙美子宅はある。広いけれども山本有三邸のような贅沢さはない。趣味の悪い装飾も一切ない。生活のしやすさを重視した平屋の住宅設計とみえた。
ああ、こんな家に住んでみたい。













